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2013年11月24日 - 2013年11月30日

2013年11月28日 (木)

「識別」に関する、主語と述語考

中国が、先頃、尖閣諸島周辺に「防空識別圏」なるものを設定したことで、日本も、米国も、大騒ぎをしている。そして、米軍も、自衛隊も、日米両政府も、試しにおそるおそる戦闘機を飛ばしてみて、その反応を探っているようだけれど、無駄なことだ。

「中国にそんな実力や、度胸がいない」とはいいたくないが、それは全く別の目的で設定されているように思えてしかたがない。なぜなら、そこにも歴史上のある種の“既視感”、つまり、「歴史は局面を変えてくり返す」ことが実行されつつあるように思えるからだ。
いまから、約140年前の一連の「琉球処分」における明治政府と清国政府との駆け引きは、1871年の琉球御用船の遭難と、台湾漂着にはじまる。独立国であった琉球王国と清国との間のこの問題に、明治政府は介入し、そこに外交的な突破口を見出していく。
台湾に軍隊を派遣して清国政府を威圧する明治政府。最終的にそれを「保民義挙」として追認してしまう清国政府。こうして、清国政府は意図せざるかたちで琉球が日本の領土であるというフィクションを国際的に認めたことにされる。「琉球処分」の一面は、日本政府のこのような詐術によって国際的に認知されたことになったのだ。
もし、中国が設定した「防空識別圏」なるものを通過せざるを得ない日本の民間航空機について、各航空会社がフライトプランを中国政府に提出したら、「日本人が、尖閣初頭上空を中国の領空と認めた」ことになる。──さよう。「防空識別圏」そのような、詐術のもとに設定されたフィクションなのだ。
しかし、一方で、新しい「琉球処分」の国内的な処理は粛々と進んでいく。
中国が設定したこのラインは、日本が米国との安保体制から抜け出せず、沖縄の米軍基地の問題に対しては、米国の言いなりであり、米国の横暴に荷担しているものであるということを「識別」している。
そして、沖縄県における現代の「三司官」たる自民党の国会議員たちは、東京に召喚(連行)され、きつい訊問の内に、沖縄県民との公約を破棄し、自民党政府の側になったことを、「識別」した。
もともと、有りそうにも無い圧力をありそうに見せかける。そして、フィクションであるはずの危機をさもあるかのように捏造して、反対派を分断しながら、すべてを包摂していく。
中国政府の目論見は破られていくのだが、かわりに“秘密の保護と共有”を基にした新たな局面に入った日米軍事同盟はさらに強化された。そして、日本本土の市民の中にも「識別」されることによる亀裂が深くなっていく。ましては、沖縄のなかに新たに生まれた分断による切断面は、本土のわたしたちに向けられている。

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2013年11月27日 (水)

「琉球処分」

1872年、明治政府は鹿児島を通して琉球王国に東京への出頭を求めた。そして、慶賀使節として伊江王子朝直(正使)と三司官である宜野湾親方朝保たちが東京に派遣された。

これに対して、明治政府は、尚泰を藩王として、華族に列する旨を慶賀使に通知する。琉球王国はこの一方的な通告により、琉球藩となる。これは、以後、7年にわたり続く一連の「琉球処分」の政治過程のはじまりであった。

この慶賀使たちがが東京滞在中に味わった苦悩は、以下の小説に生々しく記述されている。

その後、琉球王国は外交権を奪われ、内政の干渉を受けて、次第に独立を失っていく。そして、最終的に1879年3月、500名余りの軍隊と警察により首里城が占領され、琉球藩は解体され、沖縄県が設置される。

この140年あまり前の出来事をわたしたちは直接体験したり、目にしたりすることはない。しかし、先日の東京での出来事は、何故か、不思議な既視感を伴ったものであった。

『辺野古』反対は離党勧告 自民幹部 県選出議員に示唆

〈辺野古移設〉沖縄選出自民5議員『容認』

「自民党県連が辺野古容認 県外移設公約は撤回

ケネディ新駐日大使の来日と東北の被災地訪問が大々的に報じられ、近々、沖縄も訪れる計画があると聞く。この期に乗じて膠着状態の普天間基地移設問題を解決しようとする日本政府の強い意志が、沖縄県選出の国会議員のあのうなだれたままでの「容認」会見へと繋がっていく。

恫喝があったのか。それとも、利益誘導があったのか。詳細は分からないが、そのような姿を沖縄県民に見せることで、一挙に、沖縄の内部の亀裂は広がっていく。

  統合と分断。

  包摂と切断。

年明けには、名護市長選挙がある。これから、新たな、21世紀の「琉球処分」が行われるのだろうか。中国が宣言した「防空識別圏」は、一体、誰のために設けられ、誰の益になり、誰の害になるのだろうか。

一方で、「琉球民族独立総合研究学会」が今年設立されたと聞く。

本土に生まれて、本土に身を置いて暮らしてきた、我が身にできることはあるのだろうか。これから予想される一連の「琉球処分」の繰り返しを阻止するための希望を見守り、探していきたい。

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