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2014年11月11日 (火)

〔連載〕南島キリスト教史入門〜奄美・沖縄・宮古・八重山の近代と キリスト教〜 第2回

先月からはじまった「南島キリスト教史入門」の連載の第2回目がでました。

福音と世界 2014年 12月号 [雑誌]

今回は、「日本伝道の「橋頭堡」としての琉球─琉球王国時代の宣教師の動向を中心に─」です。また、目次は以下の通り。

日本をめざした宣教師たち
琉球の大交易時代と「レキオス」
「黎明期の琉球宣教」と薩摩による禁教政策
「八重山キリシタン事件」と石垣永将
王国末期における来琉宣教師と琉球社会への貢献
宣教団体の伝道戦略と宣教師の政治性

琉球王国時代には一時的な寄港も含めるとのべ30名余りの宣教師が来島していました。それにも関わらず、琉球での伝道が進展しなかった理由についていくつか述べています。そこからキリスト教を通して琉球・日本・中国の関係が見えてきます。




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コメント

拝読いたしました。勉強になりました。

以下は、Facebookに投稿した駄文です。

誤読をご指摘いただければ、さいわいです。

第3回も楽しみです。

「福音と世界 2014・12」の、一色哲さん「南島キリスト教史入門 奄美・沖縄・宮古・八重山の近代とキリスト教 第2回 日本伝道の「橋頭堡としての琉球」を読みました。おもしろかったです。

17世紀、そして、2世紀の空白をおき、19世紀に沖縄に来た宣教師たちは、「日本」を目指していて、琉球には一時滞在しただけで、興味を示さなかった、ということです。クリフォード、ベッテルハイムという例外はいたようですが。

「他の宣教団体は、日本伝道を琉球伝道に優先させ」、「各教派・教団の『都市から地方へ』という戦略によって沖縄伝道は後回しにされた」とのことです。

どうしてそういうことになったのか、薩摩藩の琉球支配なども一因なのか、また、「伝道」が一方通行の押しつけなら積極的になされなくて良かった点もあるのではないか、といった疑問も生じましたが、「後回し」は、「太平洋戦争」での日本による沖縄の位置づけや、日本キリスト教団の沖縄キリスト教団、沖縄教区に対する姿勢にも、みごとに引き継がれてしまっていると思いました。

投稿: 林巌雄 | 2014年11月13日 (木) 07:16

「南島キリスト教史入門」の第3回を読ませていただきました。

いよいよベッテルハイム登場で、ますます興味をひかれます。

記念碑の除幕式に「ベッテルハイムに直接会ったことがある人々」が出席していたとのことですが、これは1926年のことでしょうか。

もしそうでしたら、直接会ったことがあると言っても、幼少期にあったことがある七十代くらいの人びとのことでしょうか。

第3回最後のセンテンスに「文明化や近代化ため」とありますが、「近代化のため」でしょうか。

投稿: 林巌雄 | 2014年12月22日 (月) 14:36

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