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2015年2月11日 (水)

「新しい日本」の建国〜11.3、または、5.3を新日本の建国記念日に〜

きょうは、「建国記念の日」である。「建国記念日」ではない。

建国の日「知っている」2割未満 米中では9割超 「自国誇り」は7割

それはそうでしょう。まったく歴史的(科学的に検証可能)な根拠の無い日を、「お上」が勝手に設定した日なのだから、知ってるわけでもなく、定着するわけでもない。

わたしは、新憲法下の「新しい日本」は、それを最も明らかにする「日本国憲法」が公布された11月3日(現在は文化の日)か、施行された5月3日が、新日本の「建国記念日」にふさわしいと考えている。また、このようにすれば、上記の新聞が比較する米中とくらべても数値的には比肩するものになるだろう。

問題は、敗戦からの日々、自らの行為を省み、将来へまっすぐにふみだす気概や決意がないまま、為政者と国民が過ごした結果が、神話(おとぎ話、フィクション、嘘っぱち)を受け入れて、曖昧なままでスタートを切ろうとしことだろう。

「建国記念の日」は、戦前・戦中は「紀元節」と呼ばれた。そして、戦後は、GHQによって禁止されていたが、1966年に、ゾンビのように「建国記念の日」として復活した。

あの時、適切な判断をして、戦争に対する責任を国際社会に発信し、これから歩にあたる志を新憲法とともに表明すれば、現在起こっている周辺諸国との問題はそもそもなかったのである。それまでの神話から続くと推定されるフィクションの歴史と決別し、国民自らが革命の主体となって、戦後革命を達成し、新たに「日本国」を建国した日を設けて、それを祝う勇気と決意をもつことが、必要だったのではないだろうか。

そして、まだ、遅くはない。戦争に向かう下り坂を加速して下りはじめているいま、それを止めるために努力したい。

または

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