わたしにできること〜「身をかけてこの時代を」への応答〜
日本キリスト教団の牧師・信徒の有志による「沖縄から米軍基地撤去を求め、『教団合同のとらえなおし』をすすめる連絡会」というグループがあります。このグループの歴史やその詳細を紹介する能力や知識はわたしにはないので、ここでは省略することにします。
ともかく、ここ5,6年の間に教団(もちろん日本キリスト教団のことです)のときに執行部とそれに追随する牧師たちは沖縄教区と沖縄の教会・信徒を分断し、反対者を切り捨てようとしています。そのような教団執行部のやり方に疑問を持っている上記の教団内の有志が、沖縄の教会や沖縄の住民とのつながりを回復し、連帯をめざすのがこの会の趣旨だと、わたしは理解しています。
わたしも、その連絡会を支えるメンバーになっているのです。が、実際になにも活動はしていない。でも、会費を払っているので「求めすすめる通信」が送られてきます。今月もその第7号(2007.4.22発行)が送られてきました。
その巻頭言は、わたしの敬愛する牧師である岩井健作・同連絡会代表による「ご挨拶─身をかけてこの時代を─」であった。相変わらずの健筆であった。岩井牧師は言います。
「教会」が「世の支配力」を補完するのか、神の前に一人でも失われてはならない「民衆」の抵抗に連帯するものか、絶えず問われています。
この問いかけに、わたしは、わたしいる場所で、わたしの力のおよぶかぎり、応えたいと思います。「教会」を「学問」、あるいは、「歴史研究」に置き換えても、この問いかけは重要だと思います。ついでにいうと、わたしのポリシーは、わたしのやっている歴史研究は「世の支配力」、つまり、世俗の政治権力・国家権力を補完すためのものではないことはいうにおよばず、教団や教会の正当化のためのキリスト教史を補完するものでもありません。
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