カテゴリー「訃報」の2件の記事

2007年10月11日 (木)

ふるさとの言葉〜長井健司さんの遺志〜

テレビから,不意にふるさとの言葉が聞こえてきた。ビルマ(ミャンマー)で,射殺された長井健司さんの遺骨が,ふるさと近くの空港に帰ってきたのだ。遺骨を抱いた長井さんのおかあさんがテレビ局のインタビューに答えている。

「(遺体が)ひこずられていたでしょう。(軍事政権は,息子を)人間あつかいしていないように思いました。人間扱いじゃない。人間としてもう少し普通の国になってほしい。」

「ひこずる」。わたしのふるさと・伊予の訛で「引きずる」の意。テレビのナレーションは,「おかあさんの怒り」と表現した彼女の発言は,わたしには,深い悲しみを湛えたニュアンスのように思えた。

続いて,お父さんは次のように言う。

「残念。………。ただそれだけ。何を言っても,意味ない。」

そう。そんなに自覚していないが,わたしたち愛媛の人間は「意味ない」という言葉をよく使う。しかし,本当は「意味ない」などとは思っていない。お父さんの,この言葉に,お父さんがわたしは,たぎる怒りの感情を,必死で深く鎮めようとしているのを感じた。

訛。ふるさとの言葉は,他郷の人々にはわからない,微妙なニュアンスを同郷の者たちにだけ,伝える。

言いようもなく,悲しい。ただただ,悲しいだけだけれど,わたしたちは長井さんの遺志を,自分たちのできるかたちで,受け継いでいかなければならない。そして,自分の言葉で,あふれ出る感情を押し殺しながら,語った,長井さんのご両親の,その姿を心に刻んで,“あした”に踏み出さなければならない。

なくなれ,独裁政権。なくなれ,暴力。

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2007年4月 5日 (木)

訃報 T先生

敬愛するT先生が亡くなられた。享年63歳。まだまだこれからの研究者であった。T先生は長年京都である研究所の研究会を運営されてこられた。わたしも石井十次研究会の当初からずいぶんお世話になった。このごろは、家庭の事情や職務(研究に関係のない雑務)が煩多のため、研究会からは足が遠のき、ここ3,4年ついぞお会いしてお話しすることもなかった。

T先生は、とても几帳面な方だった。ある種のこだわりをずっと持ち続けておられて、そのすさまじい記憶力には驚嘆していた。優しくて、とても、厳しい方だった。研究会のあと、参加者といつも連れ立っていった中華料理屋はもうずいぶん前に閉店したと聞いています。そのときの先生との実に他愛もないおしゃべりの数々で、どんなにか心が温かになったことか。生真面目だったけど、とてもユーモラスな先生でした。そして、わたしは、その研究会の場でかけがえのない人に出会いました。これは先生のおかげではなかったけれど、でも、先生の意思がわたしたちふたりを出会わせてくださったとも思います。

その先生がもうこの世に居られないことが、いまだに実感として自分のなかで諒解できていない。

それから、訃報を聞いてから自分の沖縄の研究について早くかたちにして、先生にお見せすることができず、返す返すも、残念でならない。

先生。実は、明日、あさってと、わたしはしなければならない仕事があるのです。だから、先生のお通夜にも告別式にも出席することができません。今日は、ひとりで先生を偲びます。少し泣くかもしれませんが、ご容赦下さい。こころに穴が開いて、頭のどこかが痺れています。

帰天された先生。また会う日まで、安らかにお眠り下さい。

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