新設の小規模私立大学で、しかも、キリスト教にも宗教にも余りかかわりのないところに勤務していると、文献へのアクセスが難しくなる。ことに学術雑誌については、非常勤先を利用したりはしているが、まったく不十分だ。勢い、細心の研究動向の把握が甘くなる。そんなことを痛感した出来事があった。
この一種のハンディを克服する手段として、NDL-OPAC (国立国会図書館 蔵書検索・申込システム)というインターネットによる雑誌記事索引と文献の複写サービスはとても有効である。そのサービスを使っていくつか文献をまとめて取り寄せたときのこと。
以前学会で軽くあいさつした程度の院生(おそらく博士後期課程)が2006年8月に公刊した論文を先日はじめて読んだ。その論文のテーマは、2003年に学会誌の発表したのと全く同じテーマであった。にもかかわらず、「2.先行研究について」で「この問題について直接論じられた研究はない」と断言されてしまった。そして、その直後にわたしの名前を出して、彼が参考にした日本基督教団沖縄教区資料室の史料をわたしが整理したかのような全くの虚偽の記述があった。
そのことはともかく、わたしの名前が中途半端に出て来るものだから、この著者はわたしのことやわたしの仕事のことを知ったうえで、先の拙稿(「わたしの論文」)が全くの「拙稿(拙い論文)」であると判断したのだろうと考えた。わたしはわたしなりに調査をし、かなり力を入れてその拙稿を書いたつもりだったのでとても心外であった。
それで、ほかにもこれはどうしてもおかしいだろうと思うけれど、知らない人が読んだら本気にしそうなところがいくつもあった。沖縄キリスト教史については、確かに先行研究が少ない。だからこそ、間違ったことを論文にしてしまうと、それが「事実」として一人歩きしてしまう危険がある。だから、細かいことでも、きちんと「事実」を詰めていかなくてはならないと思う。
加えてくだんの論文が掲載されたのはある大学の神学部の紀要で、研究者というよりもその神学部を卒業した牧師等がそれを読み、それぞれの教会で彼が記述した内容が「事実」であるとして語られる機会があるかもしれない。
それで、とりあえず著者と連絡を取ってみた。昨日までに何度かメールのやりとりをしたが、結局、執筆段階でわたしの論文の存在を知らなかったとのこと。それもおかしな話で、彼の指導教員(だと思うのだが)には某学会でまさにこのテーマについて議論をし、拙稿の抜き刷りを送ったにもかかわらず、このようなことが公然と起こっている。先行研究を押さえないで論文を書くのは一義的にまったく本人の責任だが、それにしてもまだ院生なのだし、まわりの教員は誰ひとりとして注意しなかったのだろうか。
ともかく、非公開の場でいくらやりとりをしても余り生産的ではない。だから、なんとか方法を考えて、反論をしたいと思う。このブログもその一環で、本人とのやりとりに一区切りつき、本人の同意があれば、ここでも論点を出して、修正と反論を加えたいと思う。
でも、わたしのやり方は、子どもじみているだろうか。
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