笑顔のままで
──歴史の中の人物像は、いつも眉間にしわを寄せて、困ったり、怒ったり、嘆いたり?
わたしが描く歴史の中の登場人物は、果たして笑うことがあったのだろうかということを、ふと考えはじめた。きっかけは、最近の自分のこと。
現在、わたしは、ちっとも笑えない情況にある。毎日、毎日、気がつけば、顰めっ面で歩いている自分がいる。鏡を見たら、きっと自分ではないような感じがするだろう。それに、始終奥歯を噛み締めているので、なんだか頭まで痛くなってきた。腕組みも多い。さらに、溜め息も。さらに、さらに、弱り目に祟り目とはこのことで、数日前から右足が腫れ上がっている。木製のゴミ箱に思いっきりぶつけたからだが、幸い骨折には至っていなかったが、それにしても、満足に歩行もできないでいる。
そんなわたしだが、でも、きっといつかは腹の底から笑える日が来ると信じている。
きっと本当に大変な情況にある過去・現在の人々は、わたしの直面している困難の何十倍、何百倍もの困難に耐えているのだろう。そんな人々が、笑顔でいるとはにわかに信じられないことであるが、ときに、史料を読みながらほほえみや笑顔を感じることがないわけではない。
──苦しい人は、笑わない。
は、実に先入観だと思う。また、
──笑っている人は、幸せな人だ。
も、先入観だと思う。
どんな情況でも、笑顔でいられること。そのことが、とっても必要で、かつ、努力や気力が必要なこと。そんなことを、考えさせられる、今日この頃のわたしの苦境である。
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