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2006年12月25日 (月)

「痛み」と「癒し」考〜「落差」の一件から考える〜

先日書いた「落差 」に対して、おふたりの方からコメントを頂いた。それぞれ、わたしがこれまで漠然と考えていたことを簡潔に明示して頂けたように思う。こうしてわたしの問いかけに応答し、支えて頂けることはとてもありがたい。

慰霊や追悼と、災害や戦争による犠牲、もしくは、被害には明らかに因果関係がある。しかし、今回のフィールドワークのトークセッション「『痛み』の臨床と精神文化の諸相を知る」で問題となった「痛み」と「癒し」については、その両者間に必ずしもそうした関係があるわけではない。

聖書には苦しみや困難、難儀、「痛み」に類する記述がしばしばでてくる。しかし、そこから逃れる道筋は必ずしも明確ではない。極言すれば、ひとは死によって「神の国」にはいること以外、苦悩や苦悩、「痛み」から救われることはない、と聖書は言う。だから、わたしはキリスト教とは「苦難に耐える力を養う宗教」だと考えている。

結局、キリスト教は、苦悩や苦悩、「痛み」を簡単に「癒し」たりはしはないのだ。むしろ、苦しんだり、「痛み」を感じたりしている過程にこそ、その信仰の真価が発揮されるのではないだろうか。適当に、簡単に癒されたり、解放されたりする「痛み」はたいしたことはない。エジプトとバビロニア、ペルシア等々の大国に挟まれた小国のエルサレムは歴史上何度も蹂躙され、そこに住む人びとは他国へ拉致されもした。そのような土地に生まれたこと自体、すでに大きな苦悩や苦悩、「痛み」を負っていることである。そうであれば、そこからの解放など簡単に望んでも望めないことだ。ひとは、自分自身の努力では克服できない巨大で、根深い問題に直面したときに、神、あるいは、仏に頼り、そこに信仰が芽吹いていくのではないだろうか。だからこそ、人びとはその苦悩や苦悩、「痛み」に耐えるために祈り、「死による解放」を夢みながら懸命に生きたのではなかったか。

今回のフィールドワークで何回か眼にしたことであるが、何か大きな、つまり、民族的な、あるいは、人類的な「痛み」を措定した上でそれを稀釈し、解消しようとする、あるいは、それらによって「痛み」を負わされているひとや自然を救済すべく祈祷をする型をとった宗教がある。それについて、どうもわたしたちは、「犠牲を慰霊する」のアナロジーで、「痛み」があるから「癒し」が行われる、もしく、行わなければならないと錯覚してきたのではないか。しかし、琉球民族の反映や世界平和への祈りは、それをかなえることを目ざしたそれではないのではないか、としばらくして思うようになった。そこで出会った宗教者は、祈ることで自らや直面するできごとや境遇を上手く利用し、理屈づけをしているようにみえた。それが予定調和的にも見えるし、「事後予言」的でもある。また、現実と願望の乖離が厳然と存在するとき、自らの宗教の教義や理屈を媒介にして、現実の解釈を願望に近づける。そうすることで、現実から来る「痛み」に積極的な意味づけをし、自らを肯定する知恵を、出会った宗教者の方々の発言から感じた。

そのようなに考えると、キリスト教も、今回出会った宗教も、「痛み」を身にうけることを神や仏によるめぐみであると受けとめて、「痛み」をなめ尽くす過程で、人間として、宗教者としての自己を確立して行くように見えた。そのような型の宗教は、キリスト教以外にも多数ある。そのような宗教にとって、「救済」や「癒し」は、「痛み」に対応するものでは決してない。極端にいえば、「救済」や「解放」を自らめざしはしていない宗教すらある。それに加えて、キリスト教の場合、「救済」されるか否かは、信者個人の信仰の篤さに規定されるものではないとされている。「救済」は神の主権の範囲なのであり、個々の人間が救われるか否かは神のみが神の基準に基づいて決定するとされている。キリスト者はそのことに同意をして信仰を告白しているの(はず)であり、それでを「天に宝を積む」ために日々の生活を律して信仰生活を送っているの(はず)である。

その点でいうと、沖縄での「救済」や「癒し」のあり方は、古くは薩摩による搾取や、先島(宮古・八重山)における「孤島苦=島ちゃび」(琉球王府と薩摩による二重の搾取、あるいは、在番の役人が私腹を肥やすための三重の搾取)、近代以降の内国植民地化や、苛烈な皇民化教育、それに反して増大するいわゆる「沖縄差別」等々、直接本人には起因しない「痛み」を背負わされてきた歴史がある。そして、それらが存在したままでそれらに耐える力を養い、それらにこころを折られないよう、自己を励ましてきた。その大きな力になったのは、「字」や「門中(ムンチュー)」の人間関係であり、それらを単位に行われずっと維持されてきた祭でもある。また、民謡(島唄)や踊りもそうだった。『チャンプルー・シングルズ VOL.2 〜平和の願い(戦争と移民)』(東芝EMI)というCDがある。そのなかの、沖縄戦をうたった「戦世ぬセンスル節」(平良万吉唄)や、戦後の民間人捕虜収容所の生活をうたった「PW無情〜PW節」(金城実唄)、「屋嘉節」(松田永忠・石原節子唄)を聴いていると、自分たちのおかれた境遇を島唄というかたちで表現し、それをたくさんの人びとがそれぞれの想いでうたうことによって、悲嘆や決意等々の感情を共有してきたのだと感じた。

「慰霊」や「追悼」、それに「痛み」と「癒し」についてのわたしの視野は、これでも今回ずいぶん広がったように思う。

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