カテゴリー「日本キリスト教団(日本基督教団)」の17件の記事

2009年11月23日 (月)

恥の上塗り

先述の小沢一郎民主党幹事長の「キリスト教とイスラム教は、独善的」発言に対して、日本キリスト教連合が、抗議文を送ったらしい。それで、ちょっと探すと本文がここにあったので、転載する。

民主党幹事長 小沢一郎殿

 貴職は11月10日「全日本仏教会」松長会長との会談後「キリスト教文明は非常に排他的で、独善的な宗教だと思っている。排他的なキリスト教を背景にした文明は欧米社会の行き詰っている姿そのものだ」と記者団に語ったと報道されています。
 この貴職の発言は、キリスト教に対する一面的理解に基づく、それこそ「排他的」で「独善的」な発言であり、日本の責任政党幹事長が世界人口の約3分の1のキリスト者がいる国際社会に向けて発言した言葉として、その見識を深く疑わざるを得ません。
 「汝の隣人を愛せよ」と説き、生命を捧げてすべての人とのために仕え切ったイエス・キリストを救い主と信じるキリスト教は民族・国境・思想等のあらゆる差異をこえて平和の実現のため努力しています。
 本連合会も教派教団を越えて一つなる歩みを重ね、日本宗教連盟傘下にあって「全日本仏教会」とも協力して広く差別偏見からくる排他性と戦っています。
 そうした働きを否定し、キリスト教を排他的と決め付ける言葉に抗議し、撤回を強く要求します。

 2009年11月11日

   日本キリスト教連合会    
    委員長 山北宣久 

山北宣久様、あなたはあなたの隣人を、本当に愛しているのでしょうか。そして、イエスがその命を捧げて、人類を救おうとなさったからといって、それを信じる人すべてが、同様というわけでないのですが、その点、何か、錯覚をなさっていませんか。

あまり大きな騒ぎになっていないのは、幸いだが、このようなことを「恥の上塗り」というのだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月18日 (水)

キリスト教(特にプロテスタント)の排他性〜寛容で協調的なキリスト教は存在するか〜

民主党の小沢一郎幹事長が、先日の仏教関係者との会談で、「キリスト教は排他的」と述べたとのことである。実際には、キリスト教だけではなく、イスラム教も排他的であると述べたという。この件に関して、記事の最後は「キリスト教やイスラム教に対する強い批判は、今後、波紋を広げる可能性もある」とあるが、この記事を読んで、反発するキリスト教関係者もいるだろうが、内心その通りだと思っている関係者もいると思う。

実は、わたしも、キリスト教はだいぶん排他的な宗教で、その排他性を売り物にしてこれまで日本で伝道してきているのではないかと思う。先の小沢氏の発言は無論キリスト教やイスラム教の内実を知った上での発言ではなく、仏教の寛容性を強調したものだろう。その仏教は寛容かといえば、それはすべてそうとは言えないが、頷ける側面もある。だから、少なくともキリスト教は世間様から排他的と見られているということを、キリスト教関係者は肝に銘じるべきであろう。

さて、そのキリスト教の排他性であるが、それは、「外部」に対する排他性だけではない。キリスト教、特にプロテスタントでは、他教派や教派内の対立するものどうしは相当対立しており、互いに排他的でもある。その排他性が、宗教としての伝道活力にもつながってるのだろうが、しかし、この問題は相当深刻でもある。その対立や排他性に関するいくつかの例をあげて、それでも、協調的で寛容なキリスト教のあり方を模索したい。

まず、「プロテスタント日本伝道150周年」をめぐる問題である。わたしの理解では、「日本」のプロテスタント伝道は、欧米の宣教師たちが、ベッテルハイム等による琉球伝道を足がかりに、今から150年前に横浜・長崎に上陸したことするという、琉球伝道と日本本土伝道が連結された“一連”の出来事により開始されたと思われる。そして、日本でのプロテスタントの本格的伝道はそれから数十年を待たなければならなかった、ともいえる。

しかし、プロテスタントの内部にはこうした琉球におけるベッテルハイムの伝道を認識しつつも、頑なに横浜伝道150周年が「日本伝道150周年」であると主張しつづける人びとがいる。この件については、以前にも批判的に述べた。重ねていうが、わたしはこの人たちの排他性が気になってしかたがない。彼らの排他性の刃は、明らかにキリスト教、プロテスタント、そして、日本キリスト教団の内部に向かっている。

そして、最近になって、ベッテルハイムが離琉したあと、ベッテルハイムが沖縄社会でどのように表象されてきたかを調べている。実際には、文献史料は乏しいわけだが、それでも、戦前から少なくとも以下の5回にわたってベッテルハイムに関する記念行事が開催されている。

  (1) 19265月:「博士ベッテルハイム渡来満八拾年記念伝道講演会」「博士ベッテルハイム渡来満八拾年記念礼拝」(5/2)「ベッテルハイム渡来八十年記念運動」(5/18-20)

  (2) 19375月:「ベッテルハイム来島90周年記念式典」と関連行事。ベッテルハイ ムの孫・ベス・プラット夫人来沖。

  (3) 19549月:「ベッテルハイム百年祭行事」:1)頌徳碑修復(琉球政府文教局)2)ベッテルハイムに関するパンフレット出版、3)頌徳記念碑除幕式(9/1)4)「ベッテルハイム百年記念式典並講演会」(9/1)

 (4) 19665月:「ベッテルハイム師沖縄上陸百二十年記念式」(5/3)

 (5) 19965月:「ベッテルハイム来沖15096おきなわ 聖書展」:聖書展・ミニ講演会・特別講演会・ビデオ上映(5/8-13)

そして、特に(1)(3)では沖縄の政界や医師会などを中心にキリスト教徒ではない市民が多数参加している。(2)では、護国寺の名幸芳章住職外2名の仏教関係者の名前も見える。本土復帰後開催された(5)では、本土やカトリック関係から招いた講演者による連続講演会が、教会施設ではなく、複合商業施設で市民に公開された。

こうした、公開性や開放性、エキュメニカルを越えた、宗教の枠を越えたつながりは、「閉鎖的」の対極にあるのではないか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

対話を拒否する人

引きつづき、日本キリスト教団総会でのことです。

「風」の方々による「第36回教団総会速報Vol.19」によると(といっても、すでにソースは削除済みなので、それを見ることが出来ない方々には検証の手段が内のですが)、常議員に選出された北紀吉(おそらく、まだ、東海教区議長)は、選任の挨拶のときに、「『もはや対話はない』と威嚇的に挨拶し、議場の反発を買って多くのヤジが飛んだ」といいます。

この北氏はこのブログで例の東海教区の元会計担当者による詐欺・横領「事件」のさいに、最後まで(といっても、まだ決着はついていないのだが)この元会計担当者を擁護し続けた教区議長です。

さて、総会でのこの発言。わたしは、その場にいませんでした。「風」の記者さんの「威嚇的に挨拶し」というのは、すくなくとも主観的な感想です。また、北氏の発言も「」がついていますが、本当に正確な引用なのかわたしには確かめようがありません。

だから、「この発言が、もし事実だとしたら」という留保条件がつきますが、対話を拒むのであれば、牧師などという面倒くさい仕事は辞めた方がいいと思います。「威嚇的」態度も、これも間接的な情報ですが、例の東海教区の事件をめぐって北氏に直接会った人からの伝聞ですが、その時も、相手が信徒で、しかも女性であったせいか、大変威嚇的であったということです。こうした伝聞情報をつなぎ合わせると、北氏の人格や人間像が類推されます。

キリスト教は、ことばの宗教です。ことばによって、今日まで伝えられてきました。北氏をはじめとする方々がこだわっておられる「信仰告白」等々も、すべてはことばです。そして、キリストはそのことばをもって今もわたしたちに語りかけておられます。

キリストは対話の人であったか。聖書にはそうではないことを連想させることを書いていますが、力をもたない、弱く貧しい人たちの語りかけに、必ず応じておられました。キリストが対話を拒むのは、たとえば、キリストを試みたり、高圧的に真理を押しつけるものたちに対して、議論を拒むことで、本当の真理に気付かせようとする場合ではなかったかと思います。

さて、わたしの聖書には、自分を迫害する人のために祈りなさいと書いてあり、わたしの敵をわたしが愛しなさいとも書いてあります。北氏は、講壇で、「自分に逆らうものたちとは、対話はしてはなりません」とでもといているのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月25日 (土)

「聴き直す」という文法〜日本キリスト教団総会「議案第40号」に寄せて〜

※ 先に紹介した教団総会の速報サイトは、予告通り23日いっぱいで閉鎖されたようです。今回の速報を後から見直すと、議案の抜粋の掲載されており、大変参考になりました。どなたにお礼を申し上げたらいいのかわかりませんが、とにかく、そのご苦労に感謝いたします。

さて、議案第40号の「『合同のとらえ直し』を自分のこととして聴き直し、再度合同関連議案を提出するために、合同記念日を2月25日に設置する件」。

それにしても、わからん、この文法。東中国教区の方々の思いや、おっしゃりたいことはわかるのですが、しかし、やはりわからない、というより、納得のいかないことが、いくつもあります。

まず、相当ひどい文章です。主語と述語が一致していなかったり、意味不明なところが多数あります。沖縄の教会と本土の教団や教会との関係・歴史を知っていればある程度類推は出来ますが、それらの「予備知識」がないと理解するのはつらいのではないかと思います。文章的な問題は「提案理由」の第二段落の集中しているようです。失礼ながら、下書きかと思いました。

それから、「自分のこととして聴き直」すという文法ですが、そこにはある種の純朴なキリスト者としての誠実さと同時に、自己中心的な不誠実さが感じられました。その不誠実さとは、先の事情を知らない人たちに対して明らかに説明不足である点と通底するところがあります。もし、この議案の提案者がひとりでも多くの賛同者を得ようとするのであれば、全く事情を知らない人々にもわかるように丁寧に表現する必要があるのではないでしょうか。例えば、「議定書」のどこが問題なのか、また、「合同のとらえ直し」関連議案が何を目的として、どう展開したかを説明すべきなのではないでしょうか。

それから、「聴き直す」ということは、角度を変えていうと沖縄の教会の関係者に「しゃべらせる」ということです。そうとってしまうのは、わたしの誤解でしょうか。でも、謙虚さのなかに、ある種の傲慢さと強引さがあるように、わたしには思えて成らないのです。確かに、合同問題に限らず、沖縄の教会の歴史を調べるには、その関係者からお話をうかがうことは不可欠です。それは、よくわかっています。しかし、本土の教会、また、日本の教界の指導者がすべきことは、ほかにあるのではないかと思うのです。

また、沖縄の問題を自分のこととして捉えるということは、一見すると誠実な試みだと思えます。しかし、そうでしょうか。そのようなことを、沖縄の教会が望んでいるのでしょうか。また、捉え直すことは必要であったとしても、それは地道に進めればいいことであって、それを議案にして教団総会提案するべきことなのでしょうか。わたしには、それがわかりません。そう思ってしまうのは、わたしが事情を知らないからなのでしょうか。

更に、付け加えると、合同記念の日(「記念」ということばも日かかりますが)を「2月25日」にすることにいかほどの意味があるのか、この文章を読む限りでは、わたしにはわからないのです。それから、その「記念の日」に毎年「学び直し」の機会をもつとおっしゃっているようですが、そこもわかりません(文章もねじれています。一文が長すぎるので、3つぐらいの文章に分割するといいと思うのですが…)。学ぶのなら、ずっと、継続的に学び続けるべきでしょう。そして、それが、どうして沖縄教区の人を動かすことが出来るのか、説明が欲しいところです。

さて、沖縄教区との対話を進めるのならば、本土教界の指導者のすることはただ一つです。今すぐ、対話を拒否する教団の現執行部を退陣に追い込むことです。そのためには、まず、表面的には執行部に従順そうでありながら、無記名投票では執行部に批判票を投じるような人たちにゝ説得的に自分たちの考えを伝えて、賛同者を増やすかが必要だと思うのですが、いかがでしょうか。その上で、一般の信徒を含めて、真理に働きかけるように論理を鍛え、歴史的な事実を出来るだけ忠実に、公平に、明らかにすることだと思うのです。

最初のもいいましたが。東中国教区の方々の考えておられることは自分なりに理解しているし、わたしとしては是とするところも多いと思っております。だからこそ、残念でなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月24日 (金)

本土の教団・各個教会は、何一つ失わず、どこも傷つかない〜日本キリスト教団総会における沖縄の表象〜

先に紹介した『風』の方々が作成された総会の報告メールによれば、議案第39号「『合同のとらえなおしと実質化』特設委員会を設置する件」と第40号「『合同のとらえ直し』を自分のこととして聞き直し、再度合同関連議案を提出するために、合同記念の日を2月25日に設置する件」が否決されたという。

それからの議案の作成過程や提出者等々、わたしには情報がないので、詳しいことは何もわからない。しかし、報告メールを読んでいて、気にかかったことを二三書き記しておきたい。

まず、議論の全体的な経緯から、わたしが思ったのは、「日本基督教団」と沖縄キリスト教団との「合同のとらえ直し」を推進する側の言説を否定するために、「合同のとらえ直し」に反対する人たちが先のお二人のような方々の発言を利用しているのではないかということだった。そう。こうして沖縄はいつも日本本土からの圧力で分断されていくのだ。

それにしても、第40号議案にある「合同のとらえ直し」を「自分のこととして聞き直し」とは、どういう意味であろうか。原文を、まだ、詳細に見ていないので何とも言えない。しかし、その提案理由から推察するに、ある種の違和感を禁じ得ないのだ。この「自分」とは誰にことを指しているのだろうか。また、「『合同のとらえ直し』を自分のこととして」ということばの端々に、確かに、良心的キリスト者の真摯な自己反省を前向きな態度は読みとれる。しかし、そこにある種の欺瞞はないだろうか。沖・日両教団合同後の出来事は、いつに日本教団側が原因となっているのではなかったか。

沖縄教区が教団と距離を置くという日本キリスト教団史上初の「大事件」の責任は、執行部だけではなく、日本教団全体にあると思う。発言者や教団執行部、そして、教団総会に出席していたすべての議員、ひいては沖縄教区を除く教団全体にその責任の自覚が果たしてあるのだろうか。

また、この議案の議論の最中、沖縄からのお二人の「推薦議員」の発言があったという。与那原教会の知花正勝牧師と読谷教会の具志堅篤牧師である。具志堅牧師には一度お会いしたことがあるが、知花牧師には何度もコンタクトをとったけれども、結局会っていただけなかった。このお二人は、今年の5月まで沖縄教区の議長と副議長をなさっていた。

ところで、「推薦議員」とは、「日本基督教団教規」によると「教師または信徒で、常議員会の議決を経て教団総会議長の推薦した者30名」(第1条第3項)とある。こういう言い方をすれば、お二人に失礼かもしれないが、お二人の意識は別として、教団議長や常議員会で議長に近い人々たちはお二人とも“自分たちの側”の人間であると思われているのではないだろうか。しかし、そのお二人が議長・副議長であったときも沖縄教区からは教団総会に教区選出議員を送らなかった。今回もそうである。このように、沖縄教区では、それぞれの力が拮抗しているのだ。

わたしは、沖縄教区のことは沖縄教区で決めるべきであると思っている。これは、ごく、あたりまえのことだ。しかし、教団の本土教会から様々なてこ入れがはかられる過程で沖縄の教会は何重もの意味で分断されてきた。したがって、そのあたりまでで、極めてシンプルな「自己決定権」「自決権」が沖縄教区には保証されていない。具志堅牧師の「皆さんが言う『沖縄』とはどの『沖縄』なのか、合同のとらえなおしは一歩間違えば沖縄教区が分裂する事柄である」という発言は、はからずもそのことを露わにしている。

そして、この具志堅発言は、感情的発言などではないと思う。それを、そのように断ずるのであれば、沖縄の教会がどれほどのところまでせっぱ詰まっているのかを、全く理解していない発言であろうと思う。これらは、立場を越えて沖縄教区に広範に存在する危機感の表れではなかろうか。

沖縄教区のことは沖縄教区で決める。──そのためには、一度、本土教団が沖縄教区の離脱を認め(「離脱」という言い方は問題があるかもしれない。「合同」を解消するということ)、改めて、「再合同」へむけての話し合いをするのも、一案ではないかと思う。そして、それは、沖縄教区にとっては茨の道に踏み出すことになるだろう。しかも、本土の教団や各個教会は何一つ失うものはなく、傷つくこともない。

両者のこのような不均衡な関係性が、日本キリスト教団総会の沖縄教会をめぐる表象のなかに、かいま見えはしないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月23日 (木)

【紹介・緊急】日本キリスト教団総会

日本キリスト教団の第36回総会が終了した。

総会の様子やそこで話されている情報は、わたしのような一介の信徒には、当然ながら自ら求めなければ得られない。

今回の総会の様子は、このブログで何度も紹介をしている『風』の人々によって、逐一メールで送られてきている。そして、それは、ここで、pdfファイルにて閲覧することが出来る。

しかし、「10月23日24時で閉鎖」という。お急ぎアクセスを。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月31日 (日)

亀裂〜福音主義教会連合の歴史認識〜

こんな、サイトを見つけた。「日本基督教団(日本キリスト教団)資料」。いったい誰が作成したサイトなのか、一切、記載がない(怪文書ならぬ怪HP?)。ただ、ただし書きとして、「『教団紛争に関する資料集』を開始しました」とだけある。

内容は、

 (1)聖餐の乱れに関する資料集

・未受洗者の陪餐に関する信仰職制委員会の答申 (06年6月)
・2007年10月常議員会 議案「K教師に対し日本基督教団の教師退任を勧告する。」
・この間の常議員会に於ける経過と討議資料 (pdfファイル/07年10月)
・神奈川教区 聖餐についての学習会における発表 (07年7月)
・聖餐についての協議会発題 (05年7月)
・N教会報より (pdfファイル/07年12月)
・寛容論の現代的な誤解 (08年3月) 
・日本基督教団における未受洗者への配餐の問題 (pdfファイル/08年3月) 
・正確な議論を求める (08年5月) 
・声明  引用は正確に、適切に! (08年5月) 

 (2)「教団紛争」に関する資料集

・実録 教団紛争史 (1) (pdfファイル/07年7月〜08年7月)

最後の文書は、(1)だけではない。著者は「日本基督教団常議員」「福音主義教会連合常任委員」の小林貞夫氏。内容は、

第一章 教団紛争の輪郭    (『福音主義教会連合』№361、2007. 7.10)
第二章 教団紛争の前史    (『福音主義教会連合』№363、2007. 9.10)
第三章 暴発=九・一、二事件 (『福音主義教会連合』№365、2007.117.10)
第四章 教団の質的崩壊    (『福音主義教会連合』№367、2008. 1.10)
第五章 暴力の嵐・一九七〇  (『福音主義教会連合』№369、2008. 3.10)
第6章 教団史の空白      (『福音主義教会連合』№371、2008. 5.10)
第7章 クーデターと教師検定 (『福音主義教会連合』№373、2008. 7.10)

冒頭に「執筆の動機」がある。日本基督教団の歴史の半分以上は「教団紛争の歴史」であり、その体験者として「事実」を記して、現行の教団の記録を「紛争を意図的に隠」したものとして、それを糾そうとするものだという。

この論考は、一見すると歴史記述の体裁をとっているが、厳密な意味での、あるいは、学問的な意味での「歴史」ではない。それは、小林氏本人が述べているとおり、「体験談」に過ぎない。

その理由はいくつかあるが、最大の理由は、次の如し。本稿で、小林氏は教団紛争にかかわった人々を「問題提起者」「教会派」「中間派」の単純に分類している。これらのなかには、一般の、ごく普通の信徒へのまなざしは見られない。それはそれとして、結果的に、小林氏は「問題提起者」からの事情聴取(直接聞き取りをするとか、彼らの言動を紹介し、公平に批判するとか)をまったくしていないし、彼らのやってきたことを「暴力」として切り捨て、正当に評価・批判するような気はさらさらないようだ。

その一方で、「教会派」、つまり福音主義教会連合の言動の対してはほとんど歴史的評価を蜂起しているようだ。つまり、史料批判や吟味といった正当な手続きをまったく経ないまま、一方の主張を只一方的に述べているに過ぎない。

しかし、学ぶべき点もいくつかあった。わたし自身はその「紛争」を「体験」していないのだけれど、その過程でどんな立場に立った人々にも多少の違いはあるが行きすぎがあったことは事実だろう。それから、その時生じた対立は非常に感情的なものに発展しており、それを修復することは困難であること。また、一方的ではあるが、福音主義教会連合の主張の一端に触れることができた。それをもとに、小林氏の言う「問題提起者」や「中間派」のひとたちの主張を総合し、歴史を構造化していくのは、わたしたち歴史家の仕事かもしれない。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月26日 (土)

承前:日本のキリスト教が抱える欠落、続報

前の記事(「日本のキリスト教が抱える欠落〜わたしたちは、だれに、“寄り添う”のか。〜」)について、『CHRISTIAN TODAY』の記事です。

アエラ『教会の性犯罪』報道 24時間体制の窓口設置で対応など

ここには、日本ホーリネス教団と日本キリスト教団九州教区の対応が掲載されています。日本キリスト教団は、教団としての声明等は出していないのでしょうか。これは未確認です。教団内の教会・信徒向けの声明等も、未確認です。御存知の方があれば、お知らせ下さい。

それにしても、「伝道する教会」・日本キリスト教団はこれでいいのでしょうか。以前も、「公開 「殉教」ではない。あなたたちは「迫害」されているのではない。〜「教師退任勧告」と「東海教区詐欺・横領事件」のこれから〜」等で指摘しましたが、黙殺は次の“犯罪”を生みます。そのなかには、防げるはずの“被害者”を生み、“加害者”も生みます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

日本のキリスト教が抱える欠落〜わたしたちは、だれに、“寄り添う”のか。〜

数日前、戦後沖縄のキリスト教史の生き証人である方の訃報が届いた。その方には、以前、2時間ほどお話をうかがったことがある。この件については、後日、詳しく論じてみたい。

さて、『AERA』(vol.21-№16、2008年4月14日)に掲載されている「キリスト教会の『性犯罪』」(AERA編集部 田村栄治)を読んだ。ここには、日本の3つの教会で起こった「性犯罪」について紹介されている。日本聖公会高田基督教会(奈良県大和高田市)、日本ホーリネス教団平塚教会(神奈川県平塚市、現在は廃止)、日本基督教団熊本白川教会(熊本市)、それに、カトリックの教会について触れられている。

そして、某SNSなどでは、この件について議論されている。それらの議論のなかに、この一連の事件に対する日本のキリスト教が抱えている問題が垣間見える。

これを発表した雑誌が「左寄り」の朝日新聞だからキリスト教を攻撃しているのだろうという暴論はさておき(共産主義を掲げている中国は信徒数だけでいうと世界最大のキリスト教国になろうとしている。だから、共産主義や社会主義はキリスト教をはじめとする宗教を弾圧しているというのはまった現実に即していないということを、この人はきっと知らないのだろう)、議論の中心は「今、なぜ、この時期に」ということと、うちの(教会の、もしくは、教派の)牧師はやっているのかやっていないのかに終始しており、結論的には、「他の宗教も同種の事件があるのになぜキリスト教だけが採り上げられているのか」といったものや、「困った話だけれど、一部の教会の、おかしな牧師のことでしょう」等々で終わっている。

以前、このブログでも述べたことなのだが、日本のキリスト教は、明治以降、「迫害伝説」というのを構築してきた。これは、一部の教派や信徒、牧師等々がかつて泊がされたという事実を、キリスト教全体に敷衍し、恰も自らが迫害されてきたかのような虚構に基づいているのが特徴である。実際、部分的には教会や信徒、牧師、あるいは、キリスト教主義の諸学校が国家による監視の対象になり、暴力を伴う弾圧に曝されたことは事実である。しかし、一方で、日本のキリスト教界は権力と癒着したり、権力に積極的に協力することで、活動の自由を保障されてきたのも事実である。

そして、この「迫害伝説」は、自分たちを国家による弾圧や迫害による被害者として位置づけることで、その教義から「自分たちが正しいが故に、世の中から迫害される」というように、自らの好意を正当化する手段になっている。また、そうだから、「“わたしたち”少数のキリスト者は団結しなければならない」というふうに、教会・教派の組織固めに利用されてきた。そして、その副作用として、日本のキリスト者は絶えず日本社会を外部と捉えて、そこからの被害妄想に悩まされてきたのである。

さて、上記のようなやりとりの中で、完全に欠落しているのは、被害者に対する想いであろう。日本のキリスト者はこのような事件に際して、概して、「自分たちの代表者たる牧師がそのようなことをするはずがない」と強弁することで、暗に被害者とされている女性が虚偽の申告をしていると推定している節がある。または、被害者に全く想いが至っていない。

わたしは、イエスの教えの本質は、“寄り添うこと”であると解している。そして、“寄り添う”相手は権力を持っている者ではない。自らの同様であるが、力も富も持たない、弱くて不安定な立場に立っている者のなかにこそイエスが存在していると感じて、その人たちにこころを寄せ生きていくことがその含意にある。

ありもしない「迫害」の虚構におびえ、ひたすらに自らの保身しか考えていたところに、この問題の本質がある。そして、そのことに想いが至らず、したがって、自らを正そうとも、代えようともしないが故に、同種の事件は今後も続くであろうところに、日本のキリスト教の非力と悲劇がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 7日 (木)

臭い〜『信じる気持』からはじめよう〜

人のは、その人特有の臭いがある。そして、そのような人が集団になった時も、独特の臭いが生まれる。「臭い」──それは、共通の行動や思考から来るあるに通った印象、とでも言おうか、そういうものが妙に臭ってくるものに、出くわした。

現代の異端審問」と題したそのサイトには、富田正樹『信じる気持ち はじめてのキリスト教 』(日本キリスト教団出版局、2007年)について、日本キリスト教団議長と幾人かの牧師から、同出版局に回収や、出版停止、廃版を迫る圧力が加えられたこと、そして、その本を理由に著者は依頼されていた大阪教区総会での開会説教の講壇から「引きづりおろされ」たことなどが、教団議長の私的公文書(なんのこっちゃ、教団議長)や大阪教区の常置委員会の議事録などがアップされている。

わたしは、富田氏の本を二冊程持っている(『キリスト教との出会い 新約聖書』(同出版局、2002年)と『聖書資料集 』(同、2004年) )が、肝心の『信じる気持」は持っていない。だから、これらのできごとについて議論することは出来ないのだが、みんなはこれらの資料をどのように読むのだろうか。関心がある。

また、少々違和感もあった。このサイトを主催しているのは著者の富田正樹氏自身のようだが、先の文書史料の人名はほぼすべてイニシャルであった。文書中にもあるように、お互いに言葉に(本文中では「説教に」となっているが、要するにそこで語られる言葉に命をかけていると云うことだろう)命をかけているといっているのだがから、名前を出しても何ら死傷がないのではないだろうか。現実に、それらの文書は公開されているのだし。だから、富田氏は、当該の牧師を批判しながらも、どこか、最後の一線では牧師どうし、庇い合っているような印象を受けたのは、やはり、わたしの穿ちすぎだろうか。

ともかくも、一般の信徒からすると、確かに「躓き」になる話であるが、だれがどんな発言をしたか特定することも含めて、しるべきことではないかと思う。

それから、こんなのも見つけた。このリンクは、いつまで残っているか分からないが、ここ、ヨハン早稲田キリスト教会で山北宣久・日本キリスト教団総会議長が説教をしたとのこと。これも、幸いというか、生憎というか、わたしのパソコンではどういうわけか見ることも、聞くことも出来ないのだが、どうやら、どこかでそのときの模様が見れるらしい。

現に、その教会で、信じて必死に祈る人がいるのだから、風評を鵜呑みにして同教会を一方的に「ああだ、こうだ」と決めつけることはさけなければならないが、そこで、軽いジョーク(例の「宣久、センキュー」という奴です)を飛ばしながら、喜々として説教をする山北氏の姿を思い浮かべるにつけ、わたしにはどこかから、この人の身体や人生からにじみ出てくる、ある種の「臭い」がどうしても感じられて仕方がない。

さて、『信じる気持』の気持、よく分かります。わたしもほとんどキリスト教とのいないミッションスクールで不遜にも「キリスト教学」というのを教えていて痛感します。彼女たちのほとんどは、キリスト教やキリスト教徒に偽善の臭いを感じたり、不信を抱いていたり、裏があるのではないかと感じています。そこで、どうやったらキリスト教を「信じる気持」を育むことが出来るのか。それは、並大抵のことではありません。みんな、キリスト教の話を聞こうと思って集まっている教会で、「神を信じなさい」なんていうのは、簡単なことです。ついでにいうと、信徒の大半は、自らの信仰を積極的には証すことなく、日常生活をおくっているのです。それは、なぜか。答えは簡単です。それを信じてもらうには、キリスト教の論理は役には立たず、じゃまにすらなっているからです。

だから、キリスト教の良い所も悪い所も、信徒や牧師、宣教師がしたいいことも悪いことも、公平な視点で提示し、それの判断を聞いている学生にゆだねること。そして、キリスト教の信仰をもっていることが重要なのではなく、そのような信仰をもっているかにこだわることが大事なのだということを、何度も何度も繰り返し、例を変え、表現を変えて強調するしかないのです。

さて、わたしも、他人から見ると、ずいぶん臭い人物なのでしょう。あるいは煙たい人物なのかしら。そう、自問自答してみます。

| | コメント (8) | トラックバック (0)